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【中国輸入ビジネス 入門】日本の主要港紹介~東京編~

【中国輸入ビジネス 入門】日本の主要港紹介~東京編~

輸入ビジネスの最も基礎となる知識として、日本の国際物流を支える重要拠点を紹介する本シリーズ。
前回からしばらく間が空きましたが、第四弾はいよいよ東京港のご紹介です。

【中国輸入ビジネス 入門】日本の主要港紹介~東京編~

 

日本列島のほぼ中央部に位置し、首都東京をはじめ日本の産業経済にとって極めて重要な地域に囲まれた東京湾。巨大なガントリークレーンが連なるいくつものコンテナターミナル、立ち並ぶ倉庫群、出入りする様々な大きさの船舶。東京湾の景色というのは、モノレールから見ても飛行機から見ても車から見ても、圧倒させられるものがあります。

 

湾内には大型船の出入りする国際港が複数あり、国内最大規模の物流拠点を形成しています。

まずは東京港の概要

東京湾は世界的に見ても船舶が非常に輻輳(ふくそう:物が1箇所に集中する状態のこと)する海域です。船舶が安全に航行できるよう、東京湾には浦賀水道航路と中ノ瀬航路のふたつの航路があります。浦賀水道航路は湾口部に位置し北航と南航の交互通行ができる航路、中ノ瀬航路は湾奥部への北航航路です。

この世界有数の海上交通過密海域で、周囲の状況全てに気を配り、大きな船ならば水先案内人を乗せ、時には船同士ぶつかるぎりぎりのところを通り抜けてやっと到着する東京湾の最奥部。そこに位置するのが東京港です。

東京港は隅田川河口地区を中心として荒川河口から多摩川河口に至る範囲で、中央区、江東区、港区、品川区、大田区の5区にまたがっています。埋め立て地が多くとにかく広い印象を受けます。

東京港には竹芝埠頭,日の出埠頭,芝浦埠頭,晴海埠頭,豊洲埠頭,品川埠頭など複数の埠頭があり、コンテナ、水産物、青果等の輸入食品、製材、金属、石材、非鉄金属、化学薬品、鉄鋼など様々な物資が扱われています。

国土交通省から国際戦略港湾、スーパー中枢港湾の指定を受けた港として、今後ますます発展することが見込まれる重要な港です。

 

東京港の歴史を知ろう

さて、日本の物流の心臓部ともいえる東京港ですが、初期の頃は「江戸湊」と呼ばれていました。15世紀当時の海岸線はなんと現在の皇居辺りまで入り込んでおり、日比谷は「日比谷入江」という浅瀬でした。現在の景色からは想像もつきませんね。

江戸時代に入り徳川家康が江戸湊の整備を推進します。当時「神田山」と呼ばれる丘陵(現在の駿河台)を切り崩し、まず日比谷入江を、続いて日本橋浜町から新橋までを埋め立て運河を整備したのが東京港の埋め立ての歴史の始まりです。

一大消費地である江戸を支えるための米や生活物資が全国から運ばれた江戸湊は、流通拠点として近世海運史上重要な役割を果たしました。運ばれた物資は運河を利用して内陸へと輸送したため、隅田川、日本橋川、三十間堀など江戸の河川・運河の両岸は、物資を扱う河岸(岸にできた港や船着場)で埋め尽くされたと言われています。当時の江戸は水上インフラを十分に活かした水上都市でもあったのでしょうね。

幕末、横浜港は国際貿易港として開港しましたが、東京港は河川からの土砂で水深が浅くなるため大型船舶の停泊が難しく、国内貿易港のままでした。

明治時代、築港の建設が隅田川口改良工事として始まり水路の浚渫が行われ、その浚渫土砂による月島や芝浦の埋め立て造成も進められました。

そんななか、大正12年(1923年)に関東大地震が発生します。国際規模での救援が行われ、麻痺状態になった陸上輸送に代わって水運が救援物資の運搬の大部分を担うこととなりました。しかし東京港は大型の救援船が接岸可能な場所が一カ所しかなく、港は物資と船舶で大混雑となり、山積みになった食料を腐らせてしまうこともあったそうです。この出来事をきっかけに本格的な埠頭の建設が開始され、大正14年(1925年)に日の出埠頭、芝浦埠頭、竹芝埠頭が完成しました。

昭和6年(1931年)の満州事変以降には軍需拡大により経済活動が活発になり貨物の取扱量も増え、そして昭和16年(1941年)、東京港として開港を迎えました。

戦後、経済成長により、何十隻もの船舶が沖待ちをする事態が発生するほどに貨物の取扱量が激増します。港湾施設の整備が急ピッチで進められ、豊洲石炭埠頭や晴海埠頭などが建設されました。

20世紀半ば頃に起こった世界的なコンテナ輸送革命にも、東京港はいち早く対応しました。それまで旅客と共に運ばれるのが常であったコンテナ貨物ですが、1955年に世界初の専用コンテナ船がアメリカ国内輸送で就航して以降、1960年代には国際航路にもコンテナ船が投入され始めました。日本ではじめてコンテナ船が入港したのは品川埠頭です。その後東京港は貨物ごとに埠頭を整備したり、巨大化するコンテナ船に併せて港湾設備の改修を進めるなど、効率的な荷役に対応することで本格的な国際貿易港として成長していきます。

 

数字で見る東京港

大都市に位置する東京港は、人々の生活に直結する雑貨製品類、食料品、紙類、建設資材などの取扱が多いことが特徴です。現在、日常生活の中で輸入雑貨や輸入食品を見ない日はありません。

港勢圏は人口4千万人の首都圏、信越、南東北など広大な範囲に及びます。

東京港の貨物取扱量はリーマンショック以降もおおむね右肩上がりとなっており、2020年のコンテナ取扱貨物量では国内1位。同年の貿易額についても、付加価値の高い生活関連品の取扱が多いことから輸出入合計では1位です(輸出額と貿易黒字額の一位は名古屋港)。

2020年の東京港のコンテナ取扱量は約474万TEU(※)と過去最高を記録しました。
(※TEU=20フィートで換算したコンテナ個数を表す単位のこと。 海上コンテナは、輸出入されるため国際的に統一された構造となっており、サイズも20フィートと40フィートが一般的に使用されていますが、このうち20フィートコンテナ1個分を1TEUと呼んでいます)

ちなみに、コンテナ取扱量を世界規模でみると、2020年時点で東京港は39位。同年のトップである上海港は約4350万TEUでした。

 

東京港、これからの展望

国際コンテナ戦略港湾政策の後押しもあり世界最高水準の集荷が行われる東京港ですが、すでにキャパシティーを大きくオーバーしており、輸送効率の向上が大きな課題となっています。海上コンテナを輸送するトラックがターミナルに出入りするための待ち時間がここ数年で非常に長くなっており、ほぼ全てのターミナルで30分前後、長い時には5時間もの待機時間が発生していました。東京オリンピック・パラリンピック(2021年開催)による更なる交通混雑が予想されたこともあり、混雑緩和の対策として、青海・大井コンテナ埠頭再編、中央防波堤外側コンテナターミナルの稼働、臨港道路南北線や東京港トンネルの開通などが進められてきました。

2021年7月には『東京港コンテナターミナル所要時間等見える化システム』も導入され、ターミナルの混雑状況がリアルタイムで把握できるようにもなりました。

また、コンテナターミナルのゲートオープン時間を通常より拡大する取り組みも行われています。

世界最大級の港である上海港で様々なIT技術が導入されているように、東京港をはじめとした日本の港湾でも物流のスマート化を進め、国際競争力を高めるとともに私たちの生活もますます便利になることが期待されます。

また東京港では陸上交通網の混雑緩和や災害時の輸送手段の構築を見込んで舟運の活性化にも力を入れています。数多くの運河や河川、そこに設けられた100を越える防災船着き場を利用した東京ウォータータクシーは、日本で初めての水上タクシーとして平成27年に運用を開始し実績を積んでいます。

日の出ふ頭には令和元年に新たな小型船ターミナルが開業しました。小型船用の新たな桟橋が整備され、カフェやフリースペース等を備えた施設「Hi-NODE(ハイ-ノード)」がオープンしました。桟橋は水上タクシー、隅田川クルーズ、水上バス、定期船などの発着があり、水上観光の拠点となっています。

東京に張り巡らされた水路網が人々の生活の一部となり、通勤などの移動手段や内陸への貨物の輸送手段として当り前に利用され、江戸時代のような水辺の賑わいを取り戻す日が再びやってくるかもしれませんね。

 

【中国輸入ビジネス 入門】日本の主要港紹介シリーズ バックナンバーはこちら

横浜編https://d2dship.com/06-09-2021/

大阪編https://d2dship.com/06-22-2021/

神戸編https://d2dship.com/07-21-2021/

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